ひとやすみ
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その一

ゆらはじめて物語

 和歌山県由良町。人口8千人足らずのこの小さなまちに、「日本ではじめて生まれたもの」や「圏域ではじめて行われたこと」があるって知っていましたか?これからちょっと探してみましょう。
 みそとしょうゆは、今も日本の食卓には欠かせない存在です。その中で「金山寺みそ」と呼ばれ、なめみそとしてそのまま食べたりあえものにするのに使われるみそがあります。その発祥の地が、実はここ由良町にある興国寺なのです。興国寺の法燈国師が、中国の径山寺で作られていたみその製法を覚えて帰ってきたのがはじまりだと言われています。その味がとてもよかったため、またたく間に近隣地域に広まり、この地の名産品となったのでした。
 みその醸成過程で生まれるしょうゆも、同じくこの興国寺が発祥の地とされています。
 そして興国寺は、現在、普化尺八の本山としても有名です。
 平成2年に由良町神谷にオープンした由良海つり公園。これも圏域では「はじめて」誕生した施設です。お天気のよい日などには、そこで多くの人達が釣りを楽しむ姿が見られます。
 中学生・教員の海外研修「スタートフォー21」。2001年から「プログレス21」と名称変更。現地校での短期留学を中心とした海外交流事業を行ったのも、圏域では由良町がはじめてです。この研修は、由良町ふるさとふれあい事業として平成8年から続いており、国際社会に対応できる人材育成に役立っています。
 このように、由良町では色々な「はじめて」が見つかりました。これからもたくさんの「はじめて物語」が生まれるといいですね。



その二
由良守応(ゆらもりまさ)物語

 由良守応は、時代の先駆者として我が国の政治や産業に功績を残した人物です。文政10年(1827)門前村に由良弥曽兵衛の子として生まれ、始めは弥太次と呼ばれ、のち源太郎と改め、また守応と称しました。勤皇詩人である菊地海荘に見込まれ武術と漢学を学びましたが、その上達も早く、千葉重太郎から北辰一刀流の免許皆伝を受けています。特に馬術に優れていたようです。
 しかし、身分上の
問題から紀州藩によって日高郡を追放された守応は、京都に上って庭田三位に仕えます。激動する維新前夜の中で、慶応元年(1865)から同3年(1867)にかけては田辺に幽閉されました。しかし、守応は各藩の俊秀と交遊して時世を論じ、己を啓発するとともに、国家の情勢を海荘に連絡し、後藤象次郎、伊藤博文、陸奥宗光と交流を深めました。
 時代が変わって明治新政府が樹立した時、守応は大阪府勧農課に入り、かたわら借馬店を開業し、次いで内務省勧農局に転任しました。明治4年、岩倉具視以下150名が欧米に派遣された際、畜産に通じた守応は一行に加えられ、明治6年に帰朝すると、直ちに皇宮馬車掛長の職に就きました。しかし、お召しの馬車が転覆するという事件があり、その責任をとって辞職しています。
 明治7年(1874)に、守応は東京浅草−新橋間の乗合馬車会社を開業し、本社を「千里軒」と称しました。数十台の馬車で定期的に発着、往復して旅客を運んだこの試みは、我が国ではじめてのことで、東京市民はおおいに喜びました。
 また、守応は海外視察旅行での新知識に基づいて米国から数十頭の乳牛を導入して牧場を経営したり、発動機製造会社社長となったり、また、由良町に帰郷後は用水路や道路の工事を施工したりと、常に新しく人のためになる試みを続けていました。そんな守応の生きる姿勢から、私達は今もなお多くのことを学ぶことができます。



その三

和歌今昔物語

 由良町の白崎海岸は、青い海と白い岩のコントラストが美しい景勝地として万葉の昔から知られており、多くの歌に詠まれてきました。また由良町では現在も短歌、俳句、川柳などの教室があり、さかんに創作活動が行われています。由良町には歌の心が根づいているのです。
 万葉集に収められている4,500余首の歌の中で、紀伊国関係の歌は130首くらいあり、そのほとんどが斉明天皇4年(658)以後の4度にわたる行幸を中心とした旅の歌であると言われています。このうち、由良の海岸を題材に扱った歌は4首あります。

・妹がため玉を拾ふと紀伊の国の 湯羅の岬にこの日暮しつ
・白崎は幸くあり待て大船に 真楫しじ貫きまたかへり見む
・朝開き漕ぎ出て我は湯羅の崎 釣する海人を見て帰り来む
・湯羅の崎潮干にけらし白神の 磯の浦廻をあへて漕ぐなり

 この4首の万葉歌は、由良について記された最古の記録でもあります。これらの歌に詠み込まれている地名から、一行のおおよその道筋をたどることができ、昔の由良を訪れては通り過ぎていった人々に、より親しみを感じます。これらの歌を口ずさんでいると、目の前に太古の昔に人々が見ていた由良の風景が広がるような気がします。
 そして現代。町広報紙の「文芸コーナー」では、毎号短歌、俳句、川柳があわせて70首近くも掲載されています。由良町の「歌人」人口ははかり知れません。日常生活の合間の、ふとした瞬間を切り取って歌に詠む、そんな心のゆとりをいつまでも持ち続けてほしいものです。
 みなさんも由良の海を眺めながら、太古の昔に思いをはせ、歌人をきどって歌を詠んでみませんか。



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