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| 興国寺 |
臨済宗妙心寺派の興国寺は、毎年8月15日に県の無形民俗文化財にも指定されている燈籠焼が行われる。 「にぎやかというよりはむしろしめやか」と評される燈籠焼。開山以来700年余りの伝統を持つこの祭りは、盂蘭盆会の行事である。檀家の人達が切子燈籠を灯して続々と法堂(本堂)の前へ集まってくる。そして無情堂広場へと場所を移し、松明踊りが始まる。少年達が両手に松明を持って踊り、念仏が繰り返される。その後、土俑と呼ばれる、長さ約四メートル、重さ200キログラムもある大松明が入ってくる。その両端に火をつけ、一人で担いで松明を集めた場所(釜場)を3回まわる。かなりの重さがあるためなかなかうまくはいかないが、4班がその大松明を組むと、いよいよクライマックスの燈籠焼が始まる。大松明の炎の上にひときわ大きい開山の高燈籠が入れられると、激しく火が燃え上がり、次いで檀家の切子燈籠が次々と投げ込まれる。虚無僧達の読経と鉦・尺八の音が一段と高まる中、一層火は燃え盛り、やがて静かになっていく。こうして今年も火の祭典が終わる。 |
| 衣奈八幡神社 |
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町指定文化財である衣奈八幡宮縁起(絵巻)を始めとする社宝を有し、桜と紅葉の季節が特に美しい。この神社を代表する祭りは、衣奈祭りである。毎年10月の第2日曜頃に行われる本祭には、子どもを主にした民俗芸能が奉納される。各区によって、打ちはやしや餅つき踊り、唐船など内容は様々だが、中でも県の無形民俗文化財に指定されているのは、小引区の童子相撲と、神谷区の稚子踊りである。 小引の童子相撲では、5、6歳から13、4歳までの10人の子どもが東西に分かれて相撲を行う。藁で作った土俵内に、力士が1人ずつ力強く入場し、行司が口上を述べた後、土俵入りを行い、10種目の型を演じる。曲芸的でもあり、また前もって勝敗が決まっているのも特色である。 神谷の稚子踊りは、幼馴染の2人が成長するに従ってお互いに恋心を抱くようになり、祝言をあげ、連れ立って秋の近江路をめぐる情景を演じるものである。「近江八景夫婦踊り」と言われ、10歳前後の男子8名が、かつらをつけ立派な着物を着て男役・女役に扮し、4組の夫婦の役に分かれて、三味線と地唄にあわせて踊る。 これらの民俗芸能は、由良町のような漁村には珍しく、荒々しさの中に上品さと優美さを兼ね備えた奉納芸であると言われている。 |
| 宇佐八幡神社 |
横浜区にある宇佐八幡神社は、衣奈八幡神社と同様に、神功皇后が三韓征伐の帰途に立ち寄った平岩の地から、何度か場所を変えて今の場所に移ったもので、応神天皇などを祭っている。この神社の秋祭りは由良祭りと呼ばれ、笛・太鼓・締太鼓・摺鉦の囃子にあわせた2人立ちの獅子舞が奉納されることが特徴である。6区がそれぞれの獅子舞を奉納するが、中でも横浜区と阿戸区の獅子舞は県の無形文化財に指定されている。横浜の獅子舞は、少年2人が大きな動作で太鼓を打つ。古式の服装は振袖に黒繻子の手甲・脚絆をつけ、自家の定紋入りの鉢巻を締め、7色または5色の襷をかけて背中で牡丹に結ぶ。 この服装には多大な費用がいるため、現在の太鼓打ちの服装は、申しあわせで動きやすいものに統一されている。横浜の獅子舞は、肩車をする点が珍しいと言われており、地元では「野遊勇の舞」と称する。これは、牡丹見の舞、うたたねの舞、遠見の舞の三小曲からなっていて、特に遠見の舞に出てくる肩車をして伸び上がるといった勇壮で華麗な演技が見所である。 阿戸の獅子舞は、国主神社の祭りに奉納されてきたものであるが、宇佐八幡神社に合祀された後は、由良祭りに奉納されるようになった。獅子はやはり2人立ちであるが、他に幟指しが有名である。幟指しとは、長く太い竹竿に通した大幟を1人で立て、青年の力量を発揮する勇壮な演技であり、指し手は20代の青年で獅子舞の経験者に限られると言われている。 このように、宇佐八幡神社の獅子舞は、どれも勇壮で猛々しく、力強い演技が昔から受け継がれているのである。 |